(期間限定 掲載 第1回)07/06/18
――「沙羅双樹」から4年ぶりとなる劇場公開作品「殯の森」は、認知症の男性が主人公です。この物語は、河瀬さんのなかでどんなふうに生成していったのでしょうか。
おおもとにあるのは、おばあちゃんに認知症の兆候が現れたということですね。その頃、一線で認知症の研究をしている先生に会ったり、NHKローカルの仕事で撮っていたテレビ・ドキュメンタリーで、奈良でいち早くユニットケア(*1)に取り組んでいたひとの奥さんと知り合ったりということが重なって、自分のなかにじわじわと認知症が入ってきたんです。実は、「沙羅双樹」の後はコメディを撮ろうと思っていたんですよ。でも、妊娠・出産を経て、改めて自分の日常を見直したり、地に足をつけて身の回りのことを考えたときにたどり着いたのが、このテーマだったんです。
――といっても、河瀬さんの場合、社会的な問題として認知症を描くというスタンスではありませんよね。
社会現象としての認知症を描いているわけではなく、自分の身の回りで起きていることを描こうとしたらそれが認知症だった……という感じなので、そういう意味ではこれまでのテーマのあり方と変わらないですね。実際、周囲を見渡せば、家族や親戚といった身近なところに認知症患者がいないひとの方が珍しい、というのがいまの日本の状況ですし。認知症については研究も進み、これは病であって恥ずかしいことではないと家族の感情も変わってきているし、以前に比べれば介護の現場でもメディアでも、患者の側に立った取り上げ方がされるようになって来ていると思います。
――グループホーム「ほととぎす」は古い一軒家を改築した施設です。実際、認知症の方々が暮らす施設を見てまわって、どんな印象を受けましたか。
とにかくいまは需要があるので、快適さを売りにした施設が増えていますけど、うちのおばあちゃんなんかは前から「きれいな施設は無機質で、生活がない」っていっていましたね。1〜2日ならホテルのような場所でもいいかもしれないけど、日々を過ごすとなると、誰でも自分の居場所だと感じにくい空間は落ち着かないようで、古民家や普通の住宅を改装した施設の方が、入所者のひとたちの表情も穏やかに見えました。こういう施設では、介護士同志が上手くいっていないと、それが入所者に伝わって、みんなイライラしたりするんです。だからやっぱり大切なのは人間力、コミュニケーション力なんだと思います。この映画も、介護する側・される側という立場を超えた人間のあり方、関係を見つめたものとして受け止めてもらえればいいですけど。
第2回へつづく
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